2026年4月13日月曜日

適材適所


イギリス人とおしゃべりしていると英語の面白いことわざを聞くことがあります。

往々にして、ことわざに出てくる単語はほ日常の何気ない言葉。

それなのに、英語のことわざって日本語に訳しても何のことかわかりづらい場合があります。
習慣や物の名前って文化圏によって変わってしまうから、言葉の訳だけでは少し違和感が残るものも多いです。

でも万国共通、日本語でも簡単に想像してもらえることわざもあります。

そんなひとつが「Square peg in a round hole(丸い穴に四角いペッグ)」というもの。
つまり形が違うから穴に合わない。
あるポジションで働いていた人がその職場に合わなかった、みたいな会話に出てきます。
「He was a square peg in a round hole(彼はあそこに合っていなかったよね)」

スクウェアは日本では正方形と訳されています。
イギリスでももちろん正方形なんだけど、普通にスクウェアという時はただの四角という意味以外に「融通が利かない」とか「型にはまって柔軟ではない」といった意味もある。
ということで Square peg というのは四角いペッグということなんだけど、ペッグというのは
普通は洗濯ばさみのことでもあるし、木の小さな杭のこともそうよびます。
日本語では「木タボ」というそうですね。
簡易家具の組み立てなどで穴に差し込む小さな木の杭。
もしくはゲームボードの得点や位置を示すための小さなピースもペッグです。


こういったペッグが四角かったら丸い穴には入りませんよね?
もちろん小さな四角なら入るけれど、スカスカで役立たない。

ということで「Square peg in a round hole(丸い穴に四角いペッグ)」は「適材適所ではない」という意味になるわけです。

面白いのは「適材適所」という日本の言葉も、元は木造建築で正しい場所に適した素材を使うという意味なんですね。

日本では新学期や就職で新しい環境に変わる人も多い4月。
イギリスでは前回のブログでお伝えしたような、税制の年度では大事な月ですが、学校の新学年は9月からという場合がほとんどなので、4月は日本ほど特別な月ではありません。

学校や職場が自分の考えた通りかどうかは、いくら事前に調べていても、入ってみるまで分からないということも多いと思います。

自分が四角い杭だと思ったら、自分に合う四角い穴を探しましょう!
世の中の穴の全てが丸いわけではありません。
適材には必ず適所があるものだと思います。

逆のことわざもあります。
「There’s a lid for every pot (どんな容れ物にもそれに合う蓋がある)」
↑これは場所よりも人間関係でよく使われます。

There’s a niche for everyone(誰にでも適所がある)
↑職場とかならこちらの方がいいかも。

Life is too short to be in the wrong job(合わない仕事をする時間は短い人生にはない)
↑そしてこれが結論、自分の人生を無駄にしちゃダメ。

2026年4月6日月曜日

イギリスの中途半端な税金年度


今日はイギリスの税金年度のおはなし。

イギリスの税金年度、4月6日から4月5日までなんです。

何て半端な日付だといつも思っていました。

別に忙しい12月31日に終わりにしなくてもいいけど、春がいいなら3月31日とか、もっとキリのいいタイミングにすればいいのにって思いませんか?


いったいどうして4月5日になったんだろう?

そう思って調べてみました。


現在私たちが使っているカレンダーはグレゴリオ暦という昔のローマの暦。

16世紀の後半に考案されました。

このグレゴリオ暦はカソリック世界にすぐ浸透したのですが、イギリスはその当時カソリックから独立して英国国教会をつくったチューダー時代。

なので、新しい暦を無視して古いユリウス暦を使い続けました。


ところが古い暦と新しい暦は既にスタートの時点で10日の開きがありました。

そして、イギリスがようやく重い腰を上げてグレゴリオ暦を導入することになった1752年には、さらに1日の誤差が追加されていました。


この11日間をどう処理するか…。

政治の腕の見せ所。


もともとイギリスでは1年を4つに分けて会計処理がされていました。

今でも月極ではなく、クォーターがよく使われます。

地代とか光熱費なんかもそう。


その1年の始まりはキリスト教にとって一番大切な日のひとつ。

クリスマスじゃないですよ。

イースターでもありません。

イースターはその年で変動するので年の始めには不向きです。


じゃあいつかといえば…3月25日です(キッパリ)

…は?

「何の日?」ってカンジですよね。



3月25日は大天使ガブリエルがマリア様に受胎を告知した日です。

つまりキリストは神様の子供ってこと。

そこで1752年に9月を11日間減らして帳尻を合わせました。

なぜ9月かっていうのは3月から始まる年の真ん中だからでしょうね。

これは私の想像ですが、年の始めや終わりには無くなった感が強いから、真ん中から取ったってことだと思います。


ところが「11日減ったのに、税金はそのままか」という問題が起こります。

国の出納係からすれば、ややこしい計算をするよりももっと簡単な方法が魅力的。


単純に本来なら3月25日に始まって3月24日に終わるはずの1年から11日減らされたので、帳尻合わせのために11日後の翌年4月4日を年度末にしました。

これで1年の長さは変わらず税金もそのまま、ただ年度の日付が変わっただけになりました。


ところが! 1800年のうるう年のためさらに1日が加わります。

そこで税金年度が4月6日開始で4月5日までに定着したというわけです。

なんにでも歴史があるイギリスですね(笑)


因みに日本の学校や会計の年度が4月1日始まりなのは、一説によると、会計制度の始まった明治時代にイギリスの影響を受けたというものがあります。

さすがに半端な日付までは真似しなかったようです。

偉い、ニッポン(笑)


次回の更新は4月13日です!

イギリスの政府公認観光ブルーバッジガイドについては私のウェブサイトをご覧ください(リンクします)

2026年3月30日月曜日

サマータイム


まだ4月にもなっていないのに夏の話?

そうです。

といってもイギリスでサマータイムというのは「グリニッチ標準時間から1時間早めた時間」ということで3月の最終日曜日から10月の最終日曜日まで利用されています。

国中の時間を一時だけ変えてしまうなんて、何でそんな面倒なことをするのかというと「お陽さまの光りを無駄にしないため」ということです。
別名を Daylight Saving Time というのは納得の命名。


第一次世界大戦の頃、イギリスにウイリアム・ウィレットという人がいました。

彼は成功した建築業者で、夏、朝早くからお仕事をしている時に民家の窓が鎧戸で閉められているのを見て「もったいない」と考えた人。

何がもったいないかって、お陽さまの光です。

何のお金も払わずに明かりが手に入るのに、朝早すぎるからという理由だけで使わないのはなんて無駄なこと、というのが彼の意見。

ロンドンの南東部、ペッツウッドに住んでいた彼はこの意見を自費出版して多くの人に影響を与えました。

コナンドイルやウィンストンチャーチルも彼の意見に聞き入ったそうです。

残念ながらウィレットがインフルエンザで病死してしまった翌年にイギリスではサマータイムが導入されたので、ウィレット自身はサマータイムを体験することはありませんでした。
そして、そのまま夏時間を維持せずに冬時間に戻す理由をウィレットは夕方暗くなってしまう時間をできるだけ遅らせることで夕方の光熱費を抑えると意義を持たせています。

さすが成功したビジネスマンですね!

サマータイムの貢献者として、彼の功績は大きなものです。
ということでペッツウッドには彼の記念碑があります。


イギリスのサマータイムは BST とあらわされます。
因みにグリニッチ標準時間は GMT。
BST は3月最終日曜日の午前1時が2時に進むことで始まって、10月最終日曜日の午前2時が1時に戻って終わりになります。

サマータイムの開始や終了の翌日は時間を間違えやすいので注意が必要です。


2026年3月23日月曜日

悪魔嫌いの王様



徳川家康が征夷大将軍になったのは1603年のこと。
江戸時代のはじまりです。
ここまではみんな知っている。

でも日付まで言える?

それは3月24日のことでした。

この日付、1603年3月24日というのは、イギリスのエリザベス1世が亡くなった日と同じなんです。
彼女の時代はイギリスではチューダーとよばれる王朝。
独身を通したエリザベス1世には直系の跡継ぎがいないので、いとこの子供が王家を継ぐことになりました。
チューダー王朝は彼女で最後、次はスチュワート王朝です。

スチュワート朝がチューダーほど人気がないのは個性的な君主に欠けるからかも。
そう思う人もいるかもしれません。
お妃さまを6人ももって、うちふたりを処刑したヘンリー8世や、カソリック信仰のためにプロテスタント信者を次々と火あぶりにしたメアリ1世、海賊たちを手下にしてスペインの無敵艦隊を破ったエリザベス1世など、有名な君主といえばチューダー時代です。

でもスチュワート時代に身勝手で猟奇的な君主がいなかったわけではありません。
スチュワート朝の初代王はジェームス1世という人で、スコットランドのジェームズ6世と同人物。
彼は魔法を信じていた人で、イギリス王になる以前に「悪魔学」という本まで出版しています。
魔女は悪魔信仰だと考えて、魔女裁判にもかかわりがあります。

彼の妃はデンマークのアン王女、彼女がお嫁入りの際、彼はデンマークまでお迎えに行くのですが、嵐で散々な目に遭います。
それは自分に反対する勢力が魔女を雇って起こした嵐だと考えた彼は魔女裁判で何十人もの女性を逮捕したりしたことで知られます。

エディンバラの東海岸にノースべリックという小さな町があります。
海辺の鄙びた寒村に見えるかもしれませんが、以前はセントアンドリュース大聖堂に行く巡礼の旅人たちが船出する場所として賑わっていました。
その海沿いの教会が魔女の集会所だというのです。
魔女裁判にかかった人たちは約70人(一説によれば200人とも)
そのほとんどが当時の魔女裁判にはつきものだった拷問を受けています。
拷問を受けて「魔女だ」と自白すれば火あぶり、頑なに否定すれば拷問死が待っていました。
魔女とみなされたほとんどの人たちはひとり暮らしで生活に困って薬草を売ったりおまじないをしたりする社会の弱者だったと言われています。
ジェームス1世がイングランド王に即位した後はイングランドでも魔女狩りが盛んになっていく時代を迎えました。

ただし、スコットランドとは違って、イングランドでは魔女の処刑は絞首刑という違いがあります。
ジェームス1世の時代、有名な戯曲家シェークスピアはマクベスやテンペストといった魔女ものを書いているのは偶然ではないと思います。

2026年3月16日月曜日

緑の日、セント・パトリックのお祭り



セント・パトリックはアイルランドの守護聖人で、アイルランドにキリスト教をもたらした人。

いろいろな言い伝えがあって、彼が地面に突き刺した杖が木になったとか、アイルランドから蛇を追い出したとか、たくさんの奇跡ともかかわりのある超人パワーの聖人です。

元はイギリスの裕福な生まれだったのに、16歳の時に誘拐されてアイルランドに連れてこられ羊飼いをしていました。

イギリスに逃げ還った後は司祭になり、異教のアイルランド人たちをキリスト教に改宗させるためにアイルランドに戻ってきます。

彼はケルト文化に融合させたキリスト教を広めたと言われています。

布教の際にはシャムロック(シロツメ草やカタバミなどの三つ葉)で三位一体を説明したそうで、それ以降アイルランドのシンボルはシャムロックなんだとか。

シャムロックは土を肥やす草でもあるし、放牧されている動物やミツバチにとっても大切な草なんです。

これらの草がカーペットのように広い野原で見られ、撥水性の葉が雨の後にキラキラ輝く様子はとてもきれい。

このシャムロックの色「緑色」がアイルランドのシンボルカラー。

3月17日のセントパトリックの日には緑色を身に着けてお祝いする習慣があります。
セントパトリックの日を過ぎると農家ではジャガイモの植え付けがされました。
そして、19世紀のジャガイモの飢饉が原因で大量のアイルランド人が国外に逃れ、アメリカやオーストラリアに定住し、その地でセントパトリックの日に故郷アイルランドを思い出すお祝いをしたのが現在も続いています。

アイルランドにはレプリコーンという妖精がいます。
これは以前アイルランドに行った時に撮った「レプリコーンが通るので注意」という看板。
最近行っていないけれど、まだあるのかなぁ?
レプリコーンは靴屋さん。
アイルランドの妖精たちは、アイルランド人同様、陽気で歌と踊りが大好き。
ですからあっという間に靴が傷んでしまいます。
そこでレプリコーンは忙しくて大金持ちの妖精です。
彼は財産を金貨にして土の中に隠しているのですが、その場所は当然ヒミツ。
レプリコーンを捕まえることができれば、その金貨のありかを教えてもらうことができると言われています。

ということでイギリスでは小学校低学年のアクティビティーの一環でレプリコーンを捕まえる罠なんかを作ったりするところもあるそうです。
セントパトリックの日には緑色のものを身に着けるとラッキーといわれています。
ビールに色を混ぜて緑色にしたものをアイルランド系のパブで飲んでいる人を見かけたり、パレードが行われたり。
身近なところで何か行事があるか調べてみると楽しいと思います。


2026年3月9日月曜日

イギリスの母の日と日本のものはどう違うの?


イギリスでは、昔、貧しい家庭の子供たちは住み込みで奉公に出ることが多かったのです。

中世の頃までには、キリスト教の四旬節の第 4 日曜日に、育った場所から離れた人々が故郷の洗礼式を受けた教会に戻ることを許可するという習慣が生まれました。

洗礼式を受けた教会のことを母教会(Mothering Church)ということや、その際に母親を含む家族に会うことから、この日曜日のことをマザーリング・サンデーとよぶようになりました。

四旬節の日付は毎年変わるため、「マザーリングサンデー」の日付も毎年変わります。

2026年のマザーリングサンデーは3月15日。

四旬節というのは2月の「灰の水曜日」から復活祭前日までの日曜日を除いた40日間で、キリストが荒野で断食した期間を由来としています。

イギリスでは熱心なキリスト教徒はこの期間に好きなものを絶って、寄付などを含む善い行いをしたりする習慣があります。

マザーリングサンデーは今では宗教色は影を潜め、母親や母親代わりの人に感謝をささげる日になっています。

カードを送ったり、詩や花束をプレゼントしたり、食事を共にしてお祝いをします。


アメリカでは、母の日は毎年5月の第2日曜日。

その起源は1907年に遡ります。

その年の第2日曜日、5 月 12 日にアンナ・ジャービスという女性がアメリカのフィラデルフィアで自分の母親のために小さな追悼式を開いて、その時に母親が好きだった白いカーネーションを配りました。

その後すぐに、アメリカのほとんどの場所でこの日を祝うようになり、1914年にウィルソン大統領はこれを国民の祝日とします。

この習慣が明治末期から大正時代にかけてキリスト教関係団体を通して日本に伝わり、1931年には大日本連合婦人会が香淳皇后のお誕生日である3月6日を「母の日」に公式制定しました。

それが1949年にアメリカに合わせて5月の第2日曜日に変更されて今に至ります。

 カーネーションを贈る習慣も、アメリカから入ってきたもので、イギリスのマザーリングサンデーとは全く起源が違います。


次回の更新は3月16日です!

イギリスの政府公認観光ブルーバッジガイドについては私のウェブサイトをご覧ください(リンクします)



2026年3月2日月曜日

パブのはしごはいかが?

 2007年から続けている「パブの肴(リンクします)」もずいぶん記事数が増えてきました。

個人的な記事も多くて自分の記録としても役立っています(笑)

でも中には時事に左右されない一般的なイギリスの歴史やアートを紹介する記事も多く含まれます。

そこで「パブのはしご」ではそういったイギリスベースの蘊蓄ものだけを扱ってみようかと思い立ちました。

「パブの肴」の古い記事中から選んだものも、新たに書き下ろしたものも加えるつもり。

今のところはのんびり週1ペースくらいで更新しようと考えています。

タイトルの「パブのはしご」はメインのブログが「パブの肴」なので(笑)その続きって意味です。

自己紹介もしておきますね。

名前;バートリーみき

職業;英国政府公認ブルーバッジ観光ガイド

住まい;英国の首都ロンドン郊外にあるリッチモンド在住

お仕事のウェブサイト;https://bluebadgeguide-mikibartley.blogspot.com

「パブの肴」共々どうぞよろしく!


次回の更新は3月9日月曜日です!