2026年6月15日月曜日

ガーター勲章


6月の半ばにウインザー城に行くと、お城が閉まっていることがあります。

観光名所であることは疑いようがないのですが、イギリスの観光名所には「現在も使っている王家の場所」というものがいくつもあります。
なので、タイミングが悪いと王家の行事のために観光で入れない場合もあるわけです。

6月の半ばにはガーター勲章の儀式が城内で執り行われます。

ガーター勲章は、イギリスで最も高貴な勲章です。
24人の終身制の騎士たちと、国王(もしくは女王)そして皇太子の26人からなる騎士団。
この騎士団に所属する貴族たちの家紋が城内のセントジョージ礼拝堂にかけられています。


ずらりと旗が並んでいますね。

右手のオレンジ色の旗、見えますか?
真ん中が菊の御紋。
これは、上皇さまと天皇陛下がガーター勲章をお持ちなので、ここにかけられているのです。
ガーター勲章を制定したのはエドワード3世という王様です。
この人!
ふたつの王冠が剣に刺さっているのは、イギリスの王様というだけではなく、フランスの王位継承権を請求したからです。(もうひとつはスコットランド)
そのために起こったのが100年戦争。

自分のために戦ってくれる勇士たちのための勲章がガーター勲章ということです。
赤十字の旗を金で縁取りされた青いベルトがぐるりと囲んでいます。
赤十字はセントジョージの旗。
そして、ベルトはガーターですから留め金があるように見えるの、わかりますか?
そこにはラテン語で「邪悪な考えを恥じよ」と刻まれています。

これには面白い逸話があります。
100年戦争は、100年間ずっとひとつの戦争があったわけではなくて、色んな戦争が含まれています。
あるときイギリスが勝った後のお祝いパーティーで、エドワード3世が片思いのお姫様を見つめていました。
するとあろうことか、その彼女がはらりとガーターベルトを落としてしまったのです。
「あっ」と思った王様は彼女の元に駆け寄ってガーターベルトを拾って手渡したそう。

周りのみんなのくすくす笑いの中、彼はガーターベルトを高々と掲げ、
「邪悪なる考えを恥じよ(Honi soit qui mal y pense)」とラテン語(の一種)で言ったとか。
そこで止めておけばよかったのですが、その後「お前たちもすぐにガーターを身に着けたくなるだろう!」と言ったので勲章を創る羽目になった、というもの。

眉唾物のお話ですが、面白いですよね。

本当は、馬に乗る騎士たちがつけて一番目立つのがひざ下の靴下留めだというのですが、全く面白みがありません(笑)
なので観光ガイドは普通ダンスパーティーの話をします。
他にもお相手の女性は長男ブラックプリンスのガールフレンドだとか。

天皇陛下は2025年の公式訪問の際、宮中晩餐会の少し前にこちらを受け取られ、それを身に着けて晩餐会に臨まれました。
写真はBAZAARから(リンクします)

お城に行く機会があれば、ぜひセントジョージチャペルで菊の御門を探してみてください。



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次回の更新は6月22日です!

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2026年6月8日月曜日

イギリスは切手の発祥地

みなさん、こんにちは!
先週は郵便ポストのおはなし(リンクします)を紹介しましたが、今日はポストに投函するお手紙に貼られた「切手」について書いてみようと思います。

ロンドンで切手を買いたければどこに行けばいいのか?
最近は旅先から絵葉書を出すなんてことはほとんどなくなってしまいました。
以前は本当によく聞かれた質問で、併せて日本までの郵便料金もしっかり頭に入っていましたが、最近では国内の郵便代ですらグーグルしないといけない始末(笑)

少量の切手が必要なら、普通のスーパーマーケットのカウンターで購入するのが手っ取り早いです。
ただ、4枚綴りとか10枚つづりで売られているので、必要が無いものまで購入しなくてはいけない場合も多いです。
毎年値段が上がっています。
現在(2026年6月)国内のファーストクラスは1.80ポンド、国外へは3.60ポンドもします。
5つ星ホテルに泊まっているのなら、コンシエージュに渡すと無料で送ってくれます。
国会議事堂の中から送るのも無料。
昔、自分宛てに一枚はがきを送ったことがあります(ちゃんと届きましたが20年以上前のおはなし)が、大量に送ったことはありません。
一度50枚くらいクリスマス時期に国会のガイドツアーに乗じて送って、本当に届くかどうか試してみたいです(笑)
もし届くなら(←これが重要😁)ツアー代金がチャラになるくらいお得です!

記念切手や珍しい切手を買うならストランド通りにあるギボンズが最適。
ここでは切手収集家のための雑誌も出しています。


それにしても記念切手や古い切手のお値段ってよくわかりません。
1840年に切手の利用が始まった時には黒い1ペニーと青い2ペンスの2種しかなかったわけで、その額面で取引がされていました。
新しいもの好きな人がシートで購入して壁紙に使った例もあったとか。

印刷の際は横に12枚x縦に20列というサイズのシート印刷でした。
ということで黒い切手が240ペンス、青だと倍の480ペンスですね。

今は十進法だから240ペンスは2ポンド40ペンスですが、1972年まではもっと複雑でした。
12ペンスで1シリング、そして20シリングが1ポンドです。
ということはペニーブラックのシート1枚が1ポンドってことですね。

1840年当時、1ポンドは熟練労働者の4-5日分のお給料だったそうです。

今では世界中の切手が取引されていて珍しいものだとすごい金額になったりします。


ウインドウにはお値段と一緒に切手が飾られていたりするので覗いてみると面白いです。
きれいなセットのものは500ポンドから2000ポンドくらい(9万円から38万円)。

これなんかは消印があるから使用済みのものですね。
ローデシア(現ジンバブエ)の切手で何と6000ポンド(100万円ちょっと?)

イギリスの切手はローランド・ヒルという人が1840年に考案しました。
それまでは届け先と枚数によって違った金額を1ペニーに統一して切手が始まりました
ここが発祥の地ということもあって、イギリスの切手には国名が書かれていません。
日本だと「NIPPON」と書かれていますよね。
イギリスの切手は金額か、もしくはクラスが書かれているだけです。

この写真は2022年のもの。
従来のスタイルに代わって、コード付きの切手に変換しないといけない案内がありました。
1st というのはファーストクラスということで、使用時のファーストクラス切手の価値がありますから購入時の値段に左右されません。
例えば20年前に購入しても、現在のファーストクラスの価値として取り扱われるということです。

記念切手はコードがついていなくても大丈夫。
普通は収集のために買う人も多いので流通しないものも多いです。

2026年6月1日月曜日

郵便ポスト


イギリスの生活に昔から欠かせなかったのはパブの存在です。
小さな村にもパブがあってそのコミュニティーの中心となっていました。
最近は毎年いくつものパブが経営難から閉めてしまうそうで、残念な限り。

パブは宿屋として使われることもありました。
大きなところでは「コーチイン」と呼ばれて代馬が常備されていたり、ミニ劇場のように観客を収容できるところもありました。

切手の制度が法制化する1840年以前からイギリスには私立の飛脚制度があって、パブではその取次ぎなんかも行っていました。

ちなみにその時に馬をつないだパブの前の杭を「ポスト」と呼んだわけです。
今私たちが手紙を投函するのも「ポスト」。
面白いでしょう?
実際パブの近くには、必ずといっていいほど郵便ポストがあります。

最近は取り除かれてしまっているケースがほとんどですが、ポストをよく見ると曜日の小さなプレートや(取り除かれたものは)プレートのための枠が目に入ります。
大きさは5cm角くらい。
郵便屋さんがその日の最終集配のときにこのプレートを取り替えます。
なので、投函する人はその手紙が翌日配達(基本的にファーストクラスは翌日配達)されるかどうかがわかるという仕組みです。

イギリスのポストにはロイヤルサイファーという、作られた時代の王様や女王様のイニシャルが刻まれています。
一番古い VR(ヴィクトリア女王)から EIIR(エリザベス女王)までが表になっています。

一番新しいものは CIIIR (チャールズ3世)なんですが、数がとても少ないので私は見たことがありません。



この写真は上に写真を載せたパブ White Swan のすぐ横にあるポスト。

投函口の上の部分にV 王冠マーク、そしてRと書かれています。
なので、ヴィクトリア女王時代のもの。

円柱タイプのものもよく見かけます。
ウインザー城の近くには緑色のもあります。

ウインザー城の中にはヴィクトリアの息子、エドワード7世のポストが。
お母さんが長生きしたので、お爺さんになってから王位につきました。
だから王様だったのは1901-1910だけ。

そのあと王様になったのはジョージ5世。
その時代のポストにはGRと書かれています。
結構よく見ます。
珍しくはない。

逆に見かけることがほとんどないのはその息子エドワード8世のもの。
シンプソン夫人と結婚するために、王位を捨てた王様。
1年しか王様じゃなかったので、英国に約130個しかありません。
実は私はまだ見たことがありません。
ロンドンには10個あるらしいので、そのうち探してみることにします(笑)

さて、英国王のスピーチで有名になったジョージ6世のもの。
彼はエドワード8世の弟で、エリザベス女王のお父さんです。
ジョージ5世のものはGRと書かれているだけ。
6世のはG と R の間にVI(6)が入ります。

そして、最もよく見かけるのがエリザベス2世のもの。
イギリス国内に11万5千の郵便ポストがあるそうですが、その半分以上がエリザベス2世。

さてそれではちょっと面白いポストを紹介しましょう。
これです。


どこがおもしろいの?って思いますよね。
何の変哲もない、ふつうのポスト。

でもよく見ると、ロイヤルサイファーが入っていないんです。
このポストは Anonymous(匿名)ポストボックスとよばれています。
Andrew Handyside という人が、1879 年から 1883年の間に製造したもので、普通なら入っているべき POST OFFICE と VR が入っていません。
間違いに気が付いたときにはすでに手遅れ。

それがそのまま残っているのがイギリスっぽいですね。
「まっ、いいか」って感じ。
日本だったら絶対に撤去されてるだろうな~。
こういったユルイところがイギリスの魅力の一つだと思います。

あちこちにある英国の郵便ポスト。
是非、いろんな種類を探してみてください。
形やスタイル、色や時代など本当にさまざま。

チャールズ3世のポストは新しく設置というよりは古くて壊れたのものを修繕しているそうなのでそのうち少しずつ見かけるようになるかも。
楽しみだなぁ!

 


次回の更新は6月8日です!

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2026年5月25日月曜日

チューリップ


チューリップの約半数は中央アジア原産。
とても暑い夏と厳しい寒さの冬にも耐えて花を咲かせるので、チューリップが遊牧民にとって力強さの象徴になったのも頷けます。

チューリップという言葉はターバンが語源。
トルコの皇帝がターバンにこの花を挿したことから名づけられたと言われています。
ヨーロッパにいつ伝わったのかは正確な記録がありませんが、17世紀にはすでに非常に人気があったことがわかっています。
イギリスのお屋敷を訪れるといろんな花瓶を見ることができます。
そのいくつかはチューリップを飾るのに特化した花瓶。

こんな風にチューリップを活けました。
白地に青い模様なので東洋風に見えますがオランダなどで作られました。


これなんかも同じ目的。


何の役にも立たない、ただ美しいだけの花を栽培するのは大変な贅沢です。
そこでヨーロッパに入ってくると瞬く間にお金持ちの間でブームが起こりました。

オランダのチューリップバブルは有名な話。
チューリップの取引は球根でされました。
だから、どんな花になるのかをたくさんの画家が絵にしました。

生け花は長持ちしませんが、絵に描くと半永久に楽しめます。
ロンドンのナショナルギャラリーにもオランダの花の絵が楽しめるお部屋があります。
こちらはキャビネット。
色の違う石を切り取ってはめ込み模様にしてあります。
ピエトラデュラという方法。
イタリアで盛んになった工芸です。

工芸や絵画に勝るのは本物の咲き誇ったお花をお庭で楽しむこと。
これからイングリッシュガーデンが最高の季節を迎えます。
是非お出かけください。




2026年5月18日月曜日

大英博物館にある魔法の酒杯



この酒杯、ローマで作られたものなのに、なぜか大英博物館の中でも辺鄙なアングロサクソンの部屋に置いてあります。
名前は 「Lycurgus Cup」
この部屋の一つ手前(ルーム40)にはハリーポッターに出てくるチェスのモデルになったルイス島のチェスセットが展示してあります。
ハリーポッターのお話の中に、炎のゴブレットって出てきますよね。
火は出てこないけれど「Lycurgus Cup」は光を当てると、浅い緑色の本体が真っ赤に変わる不思議な酒杯なのです。

読むよりもこの写真を見るのが早い。
これ、携帯のカメラなので、肉眼だともっときれいです。

いかがですか?
展示ケースの光が変化するだけでこんなになるんです。

男の人がぶどうの蔓に絡まれて、それをなぎ倒そうと、もがいているような模様です。
この部分はガラス製。
そしてカップの縁や足元は金をかぶせた銀でできています。

どうして色が変わるのかは、ガラスに秘密があるそうです。
ガラス製品を作る際に、微量な金属を加えることで二色性ガラスというものができます。

「Lycurgus Cup」には、ものすごく細かな金と銀の粉が、一定の割合で溶け込んでいるそうです。
ワインを飲むためのカップとして作られたので、テーマにはギリシアのディオニッソス(ローマのバッカス)が選ばれました。
でも蔓に絡まれているのは、ディオニッソスじゃない。
彼のことが嫌いだった、リコルガスという王様。
あるとき、ディオニソスが彼の国に来ているとうわさを聞きます。
ディオニソスはワインの神様で、人々の正気を失わせたり、悪い行いをさせたりするので、リコルガスは悪い神様だと思ったのです。
早速、追い出そうと考えた王様は、ぶどうの蔓を切ってワインを造れなくしてしまいます。
これに怒ったディオニソスは、リコルガスの正気を失わせて、彼の家族を殺すように仕向けたり、その罪として彼の国民らによって、荒れ野へ追放したりしています。

そんな柄が入っているから、出されたワインは断らずに飲み切ってしまわないと、罰が下りそうな恐ろしいカップです(笑)
でも飲みすぎると正気を失うかも…。

お酒は楽しむ程度にほどほどにってことでしょうか?
是非いろいろ考えながらご覧になるといいと思います。




次回の更新は5月25日です!

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2026年5月11日月曜日

英国国教会ができたわけ



「イギリスの王座に就いた人を挙げなさい」って聞かれたら、皆さんは何人名前を挙げることができますか?

多分エリザベス女王とヴィクトリア女王、そしてヘンリー8世あたりが上位を占めそう。
もしかしたらウイリアム征服王も入るかも。

私の知っているイギリス人は、けっこう歴史に詳しい人が多いんだけど、それでもウイリアム征服王から現在のチャールズ3世に至るまで、ちゃんと順番通りに言える人を今まで見たことがありません(もちろんガイドのお友達は別)
それはイギリスの教育が良くないせいって文句もよく聞きます。

順番で覚えるより特徴のある人が覚えやすいですよね。

この窓はハンプトンコート宮殿のグレートホールにあるもの。

中央に立っているのはイギリスで一番有名な王様のひとり、ヘンリー8世。
イギリスの小学校で、必ず勉強する王様です。

英国国教会を作った王様。
そして、6人のお妃さまがいた王様。
一度に、じゃないですよ。
次から次に、です(笑)

ヘンリーの両脇には左に3つ、右にも3つ、王冠の付いた紋章。
これらは彼のお妃たちの紋章です。

左から、結婚した順に並んでいます。
一番初めはスペインのお姫様、キャサリン・オブ・アラゴン。
20年以上も一緒にいました。
家柄もばっちり。
当時ヨーロッパで一番の権力を誇っていた、ハプスブルグ家のカール5世の親戚です。

でもこの二人の間で、ちゃんと育った子供は女の子ひとり。
のちのメアリ1世です。
なので、男の子が欲しいヘンリーは悩みます。

実はヘンリーは皇太子ではなかったのです。

お兄さんにアーサーという人がいました。
アーサーが王様になって、ヘンリーは教会の世界に入るというのが、お父さんヘンリー7世のプラン。
キャサリンはそのアーサーのために選ばれた花嫁だったのです。
ところが結婚後半年もたたずにアーサーが亡くなってしまいました。
彼女はそのまま次男であるヘンリーと結婚したわけ。

結婚した時は、6歳年上で面倒見のいい姉さん女房。
それがどんどん色あせて見え始め、浮気もいろいろしてみます。
死産があったり流産が続いたりしたうちは、まだ僅かな望みもあったものの、
そのうち諦めをつけないといけない年齢になりました。

「キャサリンと別れた方がいいのかなぁ…」

気に入った王妃の侍女アンからは
「結婚してくれないなら、お付き合いできません」と言い切らたことも、そう思い始めた原因の一つ。
とうとうヘンリーはローマ法王にキャサリンとの結婚の無効を申し出ます。

理由は兄嫁だったから。
聖書の中に、兄弟の嫁と結婚するなと書かれているらしい。

この当時のローマ法王はメディチ家のクレメンス7世。
彼は度重なるヘタな政治でカール5世を怒らせてしまい、
カール5世の捕虜のような生活をしていました。

なので、カール5世の親戚であるキャサリンに不利な決定などできるわけがなかったんですよね。
そうじゃなければ、お金のために何でもやったルネッサンスの法王のひとりだから、何とかなったと思います。

埒が明かないと思ったヘンリーはカソリックからの離脱を決意。
英国国教会を設立します。

そして、国王至上法(ローマ法王よりも自分が偉いという法律)を元に、キャサリンとの結婚を無効にしてしまいます。

キャサリンは英国の元王妃という肩書は受け取れず、
英国の元皇太子妃(皇太子アーサーの未亡人)という肩書で満足しなくてはいけませんでした。


ハンプトンコート宮殿のチャペルロイヤルへの入り口近くには、とても面白い絵がかかっています。
鮮やかな色がないので、目立ちません。

こういった白黒の絵は彫刻を思い起こさせるように描かれました。
ところどころに金が使われています。
4人の男性が、いい身なりのお爺さんに石を投げつけています。

4人は聖書を書いた福音書記者。
左からヨハネ、マタイ、ルカ、そしてマルコです。
それぞれが持っている石に名前が書かれていて簡単!(笑)

身なりのいいお爺さんは、その帽子からローマ法王だと分かります。
彼の両隣には女性がいて、それぞれに強欲と偽善と書かれています。


絵の左上にはエルサレムの町に新しい明りが灯されて、それはキリスト教の新しい時代の到来を表しているのです。

描いたのはジロラモ・ダ・トレビーゾ。
ヘンリ8世につかえていた画家のひとり。
英国国教会設立後、カソリック批判を広めるために描かれたのでしょう。
ヘンリーはこんな絵を毎日眺めて自己満足に浸っていたのかもしれません。


次回の更新は5月18日です!

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2026年5月4日月曜日

5月のイギリスは楽しい!


5月に入りました。
英語で5月のことを May といいます。
May はラテン語では Maius、これはインド・ヨーロッパ祖語の語根 MAG(成長する)に由来するそうです。
というのも5月は北半球では春で植物の成長期ですからね。
同じ語源から派生した言葉に、ラテン語の Maiores「長老たち」または「偉大な者たち」というのもあります。
英語の Mayor(市長)とか Majority(大多数)なんかも同じ語源。

他にもマグマ、マハラジャ、マックスなど、大きくて M から始まる言葉は同じ語源であるものが多いです。

イギリスでは5月は春本番といった季節。
昔はいろんな村や町でメイポールという高い棒を建てて、その周りを踊るお祭りがありました。
ロンドンにあるメイフェアという地区名はそのお祭りの名残。
お祭りがあった場所はシェパーズマーケットのエリアです。
足元に鈴をつけて踊るモリスダンシングなどもこういった村祭りの目玉。

このいい季節に長い週末が楽しめるように、イギリスでは5月の最初と最後の月曜日が祭日になります。
粋な計らいですね!

地方でのイベントも多くて、イギリスらしさを感じることができます。
  • クーパーズヒルのチーズを追いかけるお祭り
  • チェルシーのフラワーショー
  • スペイサイドのウイスキー祭り
  • ウェンブリースタジアムでFAカップのファイナル
ここに挙げたのはほんの一例。
是非調べてお出かけください。

2026年4月27日月曜日

イギリスらしい言葉のクイズ


今日はイギリス英語のクイズを楽しんでみましょう!
以下の言葉の意味を答えてください。


A1、Hoover
A2、Till
A3、Loo
A4、Brolly
A5、Spark

B1、A piece of cake
B2、Bob's your uncle
B3、Full Monty
B4、Not my cup of tea
B5、Bee's knees

C1、HMRC
C2、TBF
C3、BYO
C4、X
C5、UNI


それでは答です。


A1、掃除機
A 2、レジ
A 3、トイレ
A4、
A5、電気技師

B1、とても簡単
B2、大丈夫、問題ない
B3、選択できるもの全て
B4、私の好みじゃない
B5、珍しく、かつ貴重なもの

C1、税務署
C 2、正直なところ
C3、(レストランなどで)持ち込み可能
C4、キス(挨拶)
C5、大学


クイズの結果

15問、全て正解だった人=あなたはイギリス英語の達人です!
イギリスで英語での会話も問題なくこなしているでしょう。
英語の言い回しをネタに、ブログを書いてみるのもおすすめ(笑)
B2 のボブおじさんのことはパブの肴に書いてみました(リンクします)
よかったら読んでみてください。

間違いがあった人→間違いの多かったジャンルはA,B,Cのどれでしたか?
Aの質問はイギリスで慣用で使われている名詞を集めました。
Bの質問は会話に登場する言葉。
Cは書いたものを見る場合が多い略語。

AやBはどうしてそんな意味になったかなどいわれを調べると興味深いです。
Cはネットやテキストなどでコツコツ覚えていくしかないです。


2026年4月20日月曜日

4月23日からが旬なイギリスの食べ物って?

皆さん、イギリスのアスパラガスの旬はご存知ですか?

セントジョージの日からミッドサマーデー(夏至)まで。
つまり4月23日から6月21日ってことです。
短いですよね。

スーパーマーケットでは年中手に入りますが、旬でなければほとんどが外国産。
旬の時期でも安いものは外国産の場合があります。

鮮度が落ちるのが早くて、グルメな人は摘み取ってから2時間以内に食べないと本当の味じゃないなんて言ったりします。
摘んで2時間というのはかなりハードルが高いですが、そこまで気にしなくても大丈夫。
この季節、レストランのメニューに「イギリスのアスパラガス」と書いてあったら是非注文してみてください。

私はアスパラガスが好きなので、毎年セントジョージの日を楽しみにしています。
旬のインパクトがあるベジタリアン(ホランデールソースに卵やバターが入るからヴィーガンじゃないけど)メニュー。
蒸してホランデールソースでいただくのが定番。
ポーチした卵と合わせてもおいしい。

他にもこの時期に旬なのが新じゃがの一種「ジャージー・ロイヤル」です。
ジャージーというのはイギリスの離島のひとつ。
その南に傾斜した土地で採れる新じゃががとても美味しいのがこの季節。
これもイギリス料理のお店で楽しむことができます。
こちらは茹でてバターを絡めるととても美味しい。
同じく旬のレモンソールやプレイスといった淡泊な白身のお魚と合わせると美味しいです。

2026年4月13日月曜日

適材適所


イギリス人とおしゃべりしていると英語の面白いことわざを聞くことがあります。

往々にして、ことわざに出てくる単語はほ日常の何気ない言葉。

それなのに、英語のことわざって日本語に訳しても何のことかわかりづらい場合があります。
習慣や物の名前って文化圏によって変わってしまうから、言葉の訳だけでは少し違和感が残るものも多いです。

でも万国共通、日本語でも簡単に想像してもらえることわざもあります。

そんなひとつが「Square peg in a round hole(丸い穴に四角いペッグ)」というもの。
つまり形が違うから穴に合わない。
あるポジションで働いていた人がその職場に合わなかった、みたいな会話に出てきます。
「He was a square peg in a round hole(彼はあそこに合っていなかったよね)」

スクウェアは日本では正方形と訳されています。
イギリスでももちろん正方形なんだけど、普通にスクウェアという時はただの四角という意味以外に「融通が利かない」とか「型にはまって柔軟ではない」といった意味もある。
ということで Square peg というのは四角いペッグということなんだけど、ペッグというのは
普通は洗濯ばさみのことでもあるし、木の小さな杭のこともそうよびます。
日本語では「木タボ」というそうですね。
簡易家具の組み立てなどで穴に差し込む小さな木の杭。
もしくはゲームボードの得点や位置を示すための小さなピースもペッグです。


こういったペッグが四角かったら丸い穴には入りませんよね?
もちろん小さな四角なら入るけれど、スカスカで役立たない。

ということで「Square peg in a round hole(丸い穴に四角いペッグ)」は「適材適所ではない」という意味になるわけです。

面白いのは「適材適所」という日本の言葉も、元は木造建築で正しい場所に適した素材を使うという意味なんですね。

日本では新学期や就職で新しい環境に変わる人も多い4月。
イギリスでは前回のブログでお伝えしたような、税制の年度では大事な月ですが、学校の新学年は9月からという場合がほとんどなので、4月は日本ほど特別な月ではありません。

学校や職場が自分の考えた通りかどうかは、いくら事前に調べていても、入ってみるまで分からないということも多いと思います。

自分が四角い杭だと思ったら、自分に合う四角い穴を探しましょう!
世の中の穴の全てが丸いわけではありません。
適材には必ず適所があるものだと思います。

逆のことわざもあります。
「There’s a lid for every pot (どんな容れ物にもそれに合う蓋がある)」
↑これは場所よりも人間関係でよく使われます。

There’s a niche for everyone(誰にでも適所がある)
↑職場とかならこちらの方がいいかも。

Life is too short to be in the wrong job(合わない仕事をする時間は短い人生にはない)
↑そしてこれが結論、自分の人生を無駄にしちゃダメ。

2026年4月6日月曜日

イギリスの中途半端な税金年度


今日はイギリスの税金年度のおはなし。

イギリスの税金年度、4月6日から4月5日までなんです。

何て半端な日付だといつも思っていました。

別に忙しい12月31日に終わりにしなくてもいいけど、春がいいなら3月31日とか、もっとキリのいいタイミングにすればいいのにって思いませんか?


いったいどうして4月5日になったんだろう?

そう思って調べてみました。


現在私たちが使っているカレンダーはグレゴリオ暦という昔のローマの暦。

16世紀の後半に考案されました。

このグレゴリオ暦はカソリック世界にすぐ浸透したのですが、イギリスはその当時カソリックから独立して英国国教会をつくったチューダー時代。

なので、新しい暦を無視して古いユリウス暦を使い続けました。


ところが古い暦と新しい暦は既にスタートの時点で10日の開きがありました。

そして、イギリスがようやく重い腰を上げてグレゴリオ暦を導入することになった1752年には、さらに1日の誤差が追加されていました。


この11日間をどう処理するか…。

政治の腕の見せ所。


もともとイギリスでは1年を4つに分けて会計処理がされていました。

今でも月極ではなく、クォーターがよく使われます。

地代とか光熱費なんかもそう。


その1年の始まりはキリスト教にとって一番大切な日のひとつ。

クリスマスじゃないですよ。

イースターでもありません。

イースターはその年で変動するので年の始めには不向きです。


じゃあいつかといえば…3月25日です(キッパリ)

…は?

「何の日?」ってカンジですよね。



3月25日は大天使ガブリエルがマリア様に受胎を告知した日です。

つまりキリストは神様の子供ってこと。

そこで1752年に9月を11日間減らして帳尻を合わせました。

なぜ9月かっていうのは3月から始まる年の真ん中だからでしょうね。

これは私の想像ですが、年の始めや終わりには無くなった感が強いから、真ん中から取ったってことだと思います。


ところが「11日減ったのに、税金はそのままか」という問題が起こります。

国の出納係からすれば、ややこしい計算をするよりももっと簡単な方法が魅力的。


単純に本来なら3月25日に始まって3月24日に終わるはずの1年から11日減らされたので、帳尻合わせのために11日後の翌年4月4日を年度末にしました。

これで1年の長さは変わらず税金もそのまま、ただ年度の日付が変わっただけになりました。


ところが! 1800年のうるう年のためさらに1日が加わります。

そこで税金年度が4月6日開始で4月5日までに定着したというわけです。

なんにでも歴史があるイギリスですね(笑)


因みに日本の学校や会計の年度が4月1日始まりなのは、一説によると、会計制度の始まった明治時代にイギリスの影響を受けたというものがあります。

さすがに半端な日付までは真似しなかったようです。

偉い、ニッポン(笑)


次回の更新は4月13日です!

イギリスの政府公認観光ブルーバッジガイドについては私のウェブサイトをご覧ください(リンクします)

2026年3月30日月曜日

サマータイム


まだ4月にもなっていないのに夏の話?

そうです。

といってもイギリスでサマータイムというのは「グリニッチ標準時間から1時間早めた時間」ということで3月の最終日曜日から10月の最終日曜日まで利用されています。

国中の時間を一時だけ変えてしまうなんて、何でそんな面倒なことをするのかというと「お陽さまの光りを無駄にしないため」ということです。
別名を Daylight Saving Time というのは納得の命名。


第一次世界大戦の頃、イギリスにウイリアム・ウィレットという人がいました。

彼は成功した建築業者で、夏、朝早くからお仕事をしている時に民家の窓が鎧戸で閉められているのを見て「もったいない」と考えた人。

何がもったいないかって、お陽さまの光です。

何のお金も払わずに明かりが手に入るのに、朝早すぎるからという理由だけで使わないのはなんて無駄なこと、というのが彼の意見。

ロンドンの南東部、ペッツウッドに住んでいた彼はこの意見を自費出版して多くの人に影響を与えました。

コナンドイルやウィンストンチャーチルも彼の意見に聞き入ったそうです。

残念ながらウィレットがインフルエンザで病死してしまった翌年にイギリスではサマータイムが導入されたので、ウィレット自身はサマータイムを体験することはありませんでした。
そして、そのまま夏時間を維持せずに冬時間に戻す理由をウィレットは夕方暗くなってしまう時間をできるだけ遅らせることで夕方の光熱費を抑えると意義を持たせています。

さすが成功したビジネスマンですね!

サマータイムの貢献者として、彼の功績は大きなものです。
ということでペッツウッドには彼の記念碑があります。


イギリスのサマータイムは BST とあらわされます。
因みにグリニッチ標準時間は GMT。
BST は3月最終日曜日の午前1時が2時に進むことで始まって、10月最終日曜日の午前2時が1時に戻って終わりになります。

サマータイムの開始や終了の翌日は時間を間違えやすいので注意が必要です。


2026年3月23日月曜日

悪魔嫌いの王様



徳川家康が征夷大将軍になったのは1603年のこと。
江戸時代のはじまりです。
ここまではみんな知っている。

でも日付まで言える?

それは3月24日のことでした。

この日付、1603年3月24日というのは、イギリスのエリザベス1世が亡くなった日と同じなんです。
彼女の時代はイギリスではチューダーとよばれる王朝。
独身を通したエリザベス1世には直系の跡継ぎがいないので、いとこの子供が王家を継ぐことになりました。
チューダー王朝は彼女で最後、次はスチュワート王朝です。

スチュワート朝がチューダーほど人気がないのは個性的な君主に欠けるからかも。
そう思う人もいるかもしれません。
お妃さまを6人ももって、うちふたりを処刑したヘンリー8世や、カソリック信仰のためにプロテスタント信者を次々と火あぶりにしたメアリ1世、海賊たちを手下にしてスペインの無敵艦隊を破ったエリザベス1世など、有名な君主といえばチューダー時代です。

でもスチュワート時代に身勝手で猟奇的な君主がいなかったわけではありません。
スチュワート朝の初代王はジェームス1世という人で、スコットランドのジェームズ6世と同人物。
彼は魔法を信じていた人で、イギリス王になる以前に「悪魔学」という本まで出版しています。
魔女は悪魔信仰だと考えて、魔女裁判にもかかわりがあります。

彼の妃はデンマークのアン王女、彼女がお嫁入りの際、彼はデンマークまでお迎えに行くのですが、嵐で散々な目に遭います。
それは自分に反対する勢力が魔女を雇って起こした嵐だと考えた彼は魔女裁判で何十人もの女性を逮捕したりしたことで知られます。

エディンバラの東海岸にノースべリックという小さな町があります。
海辺の鄙びた寒村に見えるかもしれませんが、以前はセントアンドリュース大聖堂に行く巡礼の旅人たちが船出する場所として賑わっていました。
その海沿いの教会が魔女の集会所だというのです。
魔女裁判にかかった人たちは約70人(一説によれば200人とも)
そのほとんどが当時の魔女裁判にはつきものだった拷問を受けています。
拷問を受けて「魔女だ」と自白すれば火あぶり、頑なに否定すれば拷問死が待っていました。
魔女とみなされたほとんどの人たちはひとり暮らしで生活に困って薬草を売ったりおまじないをしたりする社会の弱者だったと言われています。
ジェームス1世がイングランド王に即位した後はイングランドでも魔女狩りが盛んになっていく時代を迎えました。

ただし、スコットランドとは違って、イングランドでは魔女の処刑は絞首刑という違いがあります。
ジェームス1世の時代、有名な戯曲家シェークスピアはマクベスやテンペストといった魔女ものを書いているのは偶然ではないと思います。

2026年3月16日月曜日

緑の日、セント・パトリックのお祭り



セント・パトリックはアイルランドの守護聖人で、アイルランドにキリスト教をもたらした人。

いろいろな言い伝えがあって、彼が地面に突き刺した杖が木になったとか、アイルランドから蛇を追い出したとか、たくさんの奇跡ともかかわりのある超人パワーの聖人です。

元はイギリスの裕福な生まれだったのに、16歳の時に誘拐されてアイルランドに連れてこられ羊飼いをしていました。

イギリスに逃げ還った後は司祭になり、異教のアイルランド人たちをキリスト教に改宗させるためにアイルランドに戻ってきます。

彼はケルト文化に融合させたキリスト教を広めたと言われています。

布教の際にはシャムロック(シロツメ草やカタバミなどの三つ葉)で三位一体を説明したそうで、それ以降アイルランドのシンボルはシャムロックなんだとか。

シャムロックは土を肥やす草でもあるし、放牧されている動物やミツバチにとっても大切な草なんです。

これらの草がカーペットのように広い野原で見られ、撥水性の葉が雨の後にキラキラ輝く様子はとてもきれい。

このシャムロックの色「緑色」がアイルランドのシンボルカラー。

3月17日のセントパトリックの日には緑色を身に着けてお祝いする習慣があります。
セントパトリックの日を過ぎると農家ではジャガイモの植え付けがされました。
そして、19世紀のジャガイモの飢饉が原因で大量のアイルランド人が国外に逃れ、アメリカやオーストラリアに定住し、その地でセントパトリックの日に故郷アイルランドを思い出すお祝いをしたのが現在も続いています。

アイルランドにはレプリコーンという妖精がいます。
これは以前アイルランドに行った時に撮った「レプリコーンが通るので注意」という看板。
最近行っていないけれど、まだあるのかなぁ?
レプリコーンは靴屋さん。
アイルランドの妖精たちは、アイルランド人同様、陽気で歌と踊りが大好き。
ですからあっという間に靴が傷んでしまいます。
そこでレプリコーンは忙しくて大金持ちの妖精です。
彼は財産を金貨にして土の中に隠しているのですが、その場所は当然ヒミツ。
レプリコーンを捕まえることができれば、その金貨のありかを教えてもらうことができると言われています。

ということでイギリスでは小学校低学年のアクティビティーの一環でレプリコーンを捕まえる罠なんかを作ったりするところもあるそうです。
セントパトリックの日には緑色のものを身に着けるとラッキーといわれています。
ビールに色を混ぜて緑色にしたものをアイルランド系のパブで飲んでいる人を見かけたり、パレードが行われたり。
身近なところで何か行事があるか調べてみると楽しいと思います。


2026年3月9日月曜日

イギリスの母の日と日本のものはどう違うの?


イギリスでは、昔、貧しい家庭の子供たちは住み込みで奉公に出ることが多かったのです。

中世の頃までには、キリスト教の四旬節の第 4 日曜日に、育った場所から離れた人々が故郷の洗礼式を受けた教会に戻ることを許可するという習慣が生まれました。

洗礼式を受けた教会のことを母教会(Mothering Church)ということや、その際に母親を含む家族に会うことから、この日曜日のことをマザーリング・サンデーとよぶようになりました。

四旬節の日付は毎年変わるため、「マザーリングサンデー」の日付も毎年変わります。

2026年のマザーリングサンデーは3月15日。

四旬節というのは2月の「灰の水曜日」から復活祭前日までの日曜日を除いた40日間で、キリストが荒野で断食した期間を由来としています。

イギリスでは熱心なキリスト教徒はこの期間に好きなものを絶って、寄付などを含む善い行いをしたりする習慣があります。

マザーリングサンデーは今では宗教色は影を潜め、母親や母親代わりの人に感謝をささげる日になっています。

カードを送ったり、詩や花束をプレゼントしたり、食事を共にしてお祝いをします。


アメリカでは、母の日は毎年5月の第2日曜日。

その起源は1907年に遡ります。

その年の第2日曜日、5 月 12 日にアンナ・ジャービスという女性がアメリカのフィラデルフィアで自分の母親のために小さな追悼式を開いて、その時に母親が好きだった白いカーネーションを配りました。

その後すぐに、アメリカのほとんどの場所でこの日を祝うようになり、1914年にウィルソン大統領はこれを国民の祝日とします。

この習慣が明治末期から大正時代にかけてキリスト教関係団体を通して日本に伝わり、1931年には大日本連合婦人会が香淳皇后のお誕生日である3月6日を「母の日」に公式制定しました。

それが1949年にアメリカに合わせて5月の第2日曜日に変更されて今に至ります。

 カーネーションを贈る習慣も、アメリカから入ってきたもので、イギリスのマザーリングサンデーとは全く起源が違います。


次回の更新は3月16日です!

イギリスの政府公認観光ブルーバッジガイドについては私のウェブサイトをご覧ください(リンクします)



2026年3月2日月曜日

パブのはしごはいかが?

 2007年から続けている「パブの肴(リンクします)」もずいぶん記事数が増えてきました。

個人的な記事も多くて自分の記録としても役立っています(笑)

でも中には時事に左右されない一般的なイギリスの歴史やアートを紹介する記事も多く含まれます。

そこで「パブのはしご」ではそういったイギリスベースの蘊蓄ものだけを扱ってみようかと思い立ちました。

「パブの肴」の古い記事中から選んだものも、新たに書き下ろしたものも加えるつもり。

今のところはのんびり週1ペースくらいで更新しようと考えています。

タイトルの「パブのはしご」はメインのブログが「パブの肴」なので(笑)その続きって意味です。

自己紹介もしておきますね。

名前;バートリーみき

職業;英国政府公認ブルーバッジ観光ガイド

住まい;英国の首都ロンドン郊外にあるリッチモンド在住

お仕事のウェブサイト;https://bluebadgeguide-mikibartley.blogspot.com

「パブの肴」共々どうぞよろしく!


次回の更新は3月9日月曜日です!